昨日より、中国語発音講座が始まってしまいました。
恐ろしいことに、わたしは教える側です。
講座といっても、知り合いの方ふたりに自宅でちょこっと教えるだけなのですが、
多少なりともお金も頂いているし、
何しろおふたりの今後の中国語道もかかっているわけで。最初が肝心です。
ぜひ、中国語を好きになってもらいたい、「中国語は楽しい!」と思ってもらいたいですしね。
責任重大です……。
ネイティヴでもないのに発音? とか思いましたが、意外と教えられるもんですね。
まだ、単母音と子音だけだったから教えるのも割と簡単だったのかもしれないけど。
それにしても。
あの、テキストの発音の説明のわかりにくさ、なんとかならないものでしょうか。
音声学のテキストかなんかをそのまま転用したとしか思えません。
あれじゃあ、独学は難しいわ……。
どなたか、発音をわかりやすく解説したテキストをご存じでしたら、ご紹介ください。
んで。
なにが難しいって、無気音です。
わたしが大学一年ではじめて中国語を習ったとき、無気音についてはあまりうるさく言われなかったので、適当に日本語の濁音で発音してました。
上海に留学してもずっと、日本語の濁音でしゃべってました。
でも、中国語の無気音と、日本語の濁音は発音が違うんですよね。
最近ようやく、わたしは無気音の発音に目覚め、気をつけて発音するようにしています。
(中国語のポップスをよく聴くようになってからかな…?)
…違いますが、日本語濁音で発音してもぜんぜん(あまり)問題ないのもまた事実。
ここが、教えるときに悩むところです。
「中国人もビックリの正しい発音」めざして、徹底的に専門的に教え込むのか。
「使える発音」「通じる発音」を目標とするのか。
まあ、時間の制約がありますしね。それほど厳しくはできないと思います。
さらに、さらに難しかったのが、「ri」の発音。
『「shi」の形で、声帯を震わせる。』
と言う説明ではわかりにくかったらしく。
なんて言えばいいんだ!? とあせりました。
ちなみに、わたしが習ったときは、
り゛ (ひらがなの"り"に濁点です)
で覚えました。
(軽く紹介しましたが、それでもダメでした。)
で、そんなときに言いたくなるのが、
「大丈夫、中国人でもこの発音ができない人いっぱいいますよ」「山東省済南の人はriの発音がyiになってしまうそうですよ」(だから、日本人と言うとき、イーベンイェンという発音になるそうな)
「わたしの友達の台湾人はriをziと発音してましたよ」(だから、日本人と言うとき、ズーベンゼンとなってました)
これらは、中国語習いたての人には禁句です。
のちのち、自然に気づけばいいことです。
わたしも、のちのち勝手に気づいて、
「な―んだ、こんな発音でもいいんだ~♪」
と、どんどん上海にて南方中国語になまっていきました。
ちょっと気を抜くと、"h"(そりじた音)も抜けます。
もう、北京の人とはしゃべれません……。
アル化できないから。
……こんな先生でいいんでしょうか。
とにかく、責任持って誠意もって教えます!
だからがんばりましょうね~!!
中国語の発音で悩んでる皆さんも、この夏、がんばりましょうね!
(富山在住のみなさんのみ、発音クリニック開催中です←宣伝)
かれこれ2週間でしょうか。
ついに切り上げが決定しましたね、中国人民元。
はじめそのニュースを見た時には吹っ飛びました。跳びあがりました。
……だって、「ニュース速報」で、テレビ画面上方にいきなり出るんだもん。
地震のニュースかと思ったら人民元だから、よけい驚いちゃったよ。
「速報」だけあって、
「明日からさっそく切り上げ!!」とか、
「二倍くらい一気に切り上げ!!」とか、
過激なことになるんじゃないかと思い、
(やりかねん。なんせ中国だから。 ←悪い意味じゃないですよ)
軽くパニックを起こして、考えました。
さて、この人民元切り上げ、わたしにはどんな影響が及ぶんだろう。
…まず思ったのが、中国に行くのが高つくようになる。
つまり、中国全体の物価が上がってしまい、あれからこれまで、いままでよりお金がかかるようになる。
……。
「もういちど、黄色い大地に住んでやる!!」というスローガン(?)が心の支えのわたくしにとっては決していいことではないような気がします。
で、中国製の物が高くなる。
身の回りにあふれるメイド・イン・チャイナ。 それらが高くなるのは、まあ日本人全体に影響が及ぶであろうから仕方ないとして、
メイド・イン・中国の、CD、DVD、VCD、書籍等の値段も上がるかも。……と思い立ち、さっそく、
「いま買わなかったら、人民元が切り上げされてしまったら後悔するであろう4点」(ビンボーなので絞りました。四つまでです……)
をセレクトし、さっそくネットで注文しました。善は急げといわんばかりに。(善なのか?)
1970年代の石油ショックのとき、「トイレットペーパーがなくなる」と聞いて買いに走った主婦の気持ちです。(…違うがや)
普段から欲しいな~とは思ってたけどイマイチ踏み切れなかったものばかり。
普通の精神状態じゃありませんでしたから。
内訳は書籍2冊、音楽DVD2枚なのですが、
今日、書籍2冊が届きました。
劉若英(レネ・リウ)の『下楼談恋愛』、
(CDじゃないですよ。本です。
あっっ写真集とかでもないですよ。たぶんエッセイです)
それと、『漢語病句辨析』……中国語作文のミスを直す本。あっっまともだ……。
それにしてもRene姐さんのエッセイを買ってしまうなんて。
もしかしてわたし、相当なRene迷なんですか? 自分でも不明。
でも、なかなか文章の才能があると聞いたことはあったんですよね。Reneさん。
知的文芸派女優だし。
原本は台湾出版の繁体字バージョンなのですが、わたしは繁体字判読スピードがえらく遅いので、大陸出版の簡体字版を買いました。
今日ちょこっと読んだんですが、前書きを、かの姚謙さん(台湾バージンレコードの社長さんで、中華圏の大御所作詞家)が書いてらっしゃるのですが、
なかなかにおもしろいエピソードが。
小美はんがからんでいるであろう…ということが、個人的には見逃せなかったです。
あのときはいろいろあったんですね~。
なんだかんだで、Rene姐さんの文章もうまいし、読ませるし、おもしろい1冊なんじゃないでしょうか。
ところどころに、「タレント本かよ!」というのは垣間見えますが。
余白の使い方とかね。
この本については、のちのちアップしていこうかと思います。
(ああ、そう言えばこないだ思いつきで“レネ・リウ映画祭”とかいって全然やってないし、
劉若英カテゴリをつくらなあかんのでは?
いやいやそこまでRene迷じゃありませんよあたしゃ。 たぶん。)
で、話は人民元に戻りますが。
その日はパニックになりましたが、次の日新聞を読むと、
2%程度の切り上げ、今後おいおい実施とのこと。
な~んだ。
でも、人民元切り上げで、中国は、経済はどうなって行くんでしょう。
あきれるほどにわからないので、また勉強してみようと思います。
大ゲサなタイトルですが。
ある台湾明星といっても、江美琪ですが。
小美(江美琪)の声にほれこんで一年ちょっとたちますが、中文サイトやCDジャケットや彼女のMTVを見るにつけ、小美の英語表記は“
Chiang Mei Chi”、中国語でもチャンメイチーなら英語でもチャンメイチー、
(Chiang Mei Chi は、「ウェード式表記」というつづり方らしいです。
大陸で使われている「ピンイン表記」だと“Jiang Mei Qi ” となります。
こういった、中国語人名のローマ字表記については、
こちらのページが詳しいです。)
いままで、小美には、ほかの明星(ステファニー・スンとかビビアン・スーとかエディ・ポンとか)のような、いわゆる「イングリッシュ・ネーム」ってないのだと思っていました。
なんでだろう? なんで同期(?? エルヴァ・シャオとかアンジー・ホウとか)にはイングリッシュネームがあるのに小美にはないのか。
彼女自身もともと持ってないんだろうけど、レコード会社は彼女を国際明星にするつもりはないのか。ドメスティックな活動だけにとどめておくおつもりか?
こんなんで日本に進出なんてしたら、日本の皆さんに名前覚えてもらえんぞ!!
……とひとりで疑心暗鬼してました。
ところがびっくり、そんな小美にも英語名がございました。
その名は
Melody Chiang。
メロディー・チャン。
メロディー……。
ここが証拠でござんす。
あのカバーアルバム《美樂地》(Melody) からとったんでしょうか。
この名前はやっぱり台湾はおろか中華圏では流通してないので、あくまで欧米向けの名前と思われます。
というわけで、ちょっぴりインターナショナル・シンガーなメロディー・チャン。
でも、小美が、いまの台湾エンタメブーム(来ないって)にたまたま引っかかって、
日本のメディアでちょこっと紹介されるようなことが万が一あったとして、
“メロディー・チャン”とか紹介されたらちょっと違和感だな。
響きがかわいいから、この名前ちょっと好きですけどね。
でも、やっぱ小美は小美(シャオメイ)でしょう。
もうシャオメイってかんじですもん。(←ようわからんぞ)
でも、台湾で小美といえば、江美琪ひとりのことを指すわけではないようです。
台湾の若手俳優、賀軍翔(マイク・ハー)のニックネームも小美だそうな。
(蔡健雅の《雙棲動物》のMVで腕にイレズミをしていた彼ですね。←なんてわかりにくい)
男小美と女小美がいるようです。
ややこしいね~。
というわけで、「江美琪の英語名はメロディー・チャンだった!!」
明日から使えるトリビアだと思っていますが、なにしろ驚いてくれる人が身の回りにいません。
やたらマニアックなネタにお付き合いいただきありがとうございました♪
今天热死了,真的受不了.
出去之前,忽然, 我想起有件衣服来了.
那件是去年在上海买的,短袖的Polo衫. 我很喜欢好可爱的那件,去年夏天常常穿过的.
回国后,夏天过去了,我把它放到衣柜里, 后来.......把它忘掉了.
夏天又来了.
今天, 今年的第一次, 我又穿了那件.
还不是. 先试试穿. 穿得了吗?
...啊-! 怎么这么难穿! 怎么了?
穿好了. hmmmm......好像太紧一点. 怎么会呢, 是不是我胖了!?
我不敢承认自己胖了. 可能, 衣服小了一点吧. 呵呵....
......不. 你应该面对现实吧, 不是衣服小了, 而是我胖了一点.
这件衣服, 是给我证明的.
没错, 跟去年夏天的自己相比, 我的体重增加了一点....两点......
不行啊, 年复一年, 我这样慢慢胖下去吗?
不会吧, 不要吧, 不应该吧---!!!!!
好了, 为了留给自己一些尊严, 我开始减肥吧.
不许输给自己噢!! 我会的, 我是会赢的! 加油!!
……なにが言いたいんでしょうね。
まあ、つまり、去年上海で買ったお気に入りのポロシャツがキツキツだったこと、
自分のプライドのためにちょっとは痩せましょうよ、
……ということをなんとなく読み取っていただければ幸いです。
時間かかったわ。 内容はしょもないんですけれどね。
「情景漢語」という中国語教材があります。
本屋ではほとんど売られていませんが、大学や中国語教室の授業なんかでたまにテキストとして使われています。
というか、わたしも大学2,3年のときこのテキストを使っていました。
すごいです。
まず、値段が2600円と高いです。まあ、語学のテキストとしてはめちゃめちゃ高いってほどでもないですが。学生さんには痛かったっす。
で、A4版で、300ページくらいあって、紙質がいいのでめちゃくちゃ重いです。
中文の学生は、辞書やその他テキスト、飲料などと一緒に持ち歩くと、カバンが破けそうでした。肩こり増強マシーンです。
今でこそ電子辞書が軽量化に役立っていますが、数年前の外国文学科の学生さんたちは辞書が重くてみんな肩こりでした。(マユツバ)
値段より重さより、なにより吹っ飛ぶのは、テキストに漢字がないことです。
中国語なのにです。
文章は全部ピンインなのです。
日本人お得意の、「漢字見ただけでなんとなく意味がわかるわ!」ができないので、しっかり予習をして臨まないと、大変な目に遭いました。
ヨーロッパの人達はこうやって中国語を学ぶのでしょうか……。
でも、かえって漢字のありがたさが身にしみてしまいました。きっとこれって逆効果。
ぱらぱらとめくってみせると、友人家族(中国語未習者に限る)に、
「わあ、これ、何語?」
とか訊ねられるのもポイント高し。(そう?)
そして、いちばんすてきなのが。
銀行で、とか、ダンスパーティーで、とか、さまざまなシチュエイションが設定されている各課のさいごに、中国語の散文が載せられているのですが、今度はこれは手書きの中国語です。
手書きは半端ではありません。
超達筆です。
初めは楷書で書かれているのですが、セクションが進むごとに字が流れていきます。
どんどん達筆になります。
最後は読めません。暗号です。
“在”の字が在じゃありません。
中国人の友人に見せると、「こんなのフツウ」とのことだったので、わしら中文の学生さんが勉強不足だったのでしょうが、当時は読める読めんと騒いでいました。
…当時のわたしにとっては画期的なテキストでした。
そのころの中国語会話の授業を担当しておられた中国人老師(J老師)が、そのテキストの達筆中国語散文を書かれたという縁故で、情景漢語を授業で使っていたらしいです。
最後の授業で老師がカミングアウトされました。
老師、そんな理由で……。
そんな理由で、わたしは情景漢語にめぐり合うことができたのでした。
次の年、J老師にかわって、X老師が中国人講師として来られましたが、
「ピンインばっかりで読みにくいんですよね」
と、「情景漢語」のテキストを廃してしまわれ、違うテキストを使うことになりました。
あっ、老師、そんな理由で……。
…たしかに読みにくかったっす。
大学や教室などで使うテキストは、市販されてないぶん、わかりやすくない、妥協のない教材が多いです。(中にはやけにノリノリなものもありますが……)
そんな教材たちが懐かしいなーと思うきょうこの頃。
もいっかい、大学で勉強したいなあ。国内でも海外でも。
…禁句ですけれどね。
弟(小学生)が、ついに禁忌(タブ~)をおかしてしまいました。
…って、そんな大ゲサなものではないのだけれど、
母や姉(わし)から反対されていたにもかかわらず、
ペットショップでカブトムシを買って来たのです。
なんかな~。
ついに来たかってかんじ。
もちろんカブトムシをお金で買うのは悪いことではないし、本人は大満足だし、
いやそりゃべつにいいんだけどさ。
でもここは田舎なのよ。別にカブトは店にしかいないわけじゃないのよ。
ちょっと車を走らせれば、どれだけだって取りに行けるのよ。
しかし、奴いわく、
「最近はカブトムシが減って、あんまり取れなくなってる。」
(奴も捕まえる努力はしてるようです)
それでも、ほら、カブトクワガタって、捕まえるのが楽しいんじゃん。
その過程を無視して、お金出して結果だけ手に入れて、あんたは幸せなの?
…と訊ねると奴はきょとんとして、
「外国のカブトムシが欲しい。日本じゃ捕まえれんもん」
……かっ、かわいくねえ!!
理屈じゃ勝てない。理論も通じない。
お金も自分で出しなさると。(この年頃の男の子はけっこう貯めこんでるもんだ。)
誰も文句は言えず、けっきょく、彼は嬉々として横文字のなんとかカブトのオスメスつがいを買ってきたわけであります。
……。
いや、彼の選択は間違ってないと思うよ。
ただ、母とか姉とか、大人達が不満に思っただけで。
“子供のくせに子供らしくないことをして。なんか感じわりい”
…という一言に尽きるんじゃないかな。
(あっもちろん、金銭教育とかの心配はありますよ。でも、子供の頃って唯一、自分の好きな事のためだけになけなしのお金を使いこめる時期じゃん。かえってうらやまし)
でも、子供のくせにとか、子供らしいっていったい何だろうな。
子供がお金出してカブトムシを買う、なんて夢のないハナシだ!
そう思う人も多いだろう。
でも、子供たちにそんな環境を与えてるのは誰だ。
…とまでは言わないけど、オトナが子供に投影する“コドモ像”って、けっこう子供の意向を無視して勝手だったりする。
だから、子供はこうあるべきとか、こうでなきゃならんとかいうノスタルチックな考えは、
ちょっとばかりオトナのエゴもはいってるんじゃないかなあ。
(例えば、子供は夏休みは外で真っ黒に日焼けして遊べ! というけれど、はっきりいって皮膚が受ける紫外線ダメージはバカにならない…とか)
とくに今は、こんな世の中でもあるしね。
(10年ちょいしか経ってないのに、わたしが小学生だった頃とは、ぜんぜんぜんぜんちがう)
だから、奴には、それなりに子供らしさを失わないで、それなりに世間をにらみつつ、かつ世間に飲みこまれないで、まっすぐに育っていって欲しいと、おねえちゃんは無責任に願っています。
姉は、子育て&しつけをしないからこんな無責任なことが言えるのです。
というわけで、カブトムシのことは、気分わるいけど何も言わんといてやるちゃ。
ちょっぴりおばあちゃんの気持ちのわたくし。
先週末に、このあいだ受けた中国語検定の結果が返ってきました。
いや~、テストって非情ですね。 (水野○郎)
2級と準1級を受けてたのですが、
やっぱりな、というか、さっぱりな、というか、(←?)
2級は受かって準1級は落ちてました。
正直な感想。
……くやしい。
だって、筆記であと4点とってたら、合格してたんだもん。
べつに、試験の結果がすべてだ、とか、資格さえあればいい、とは思ってませんが、
(あんまり試験や資格にこだわると本末転倒だもんね)
それでもやっぱり、4点かよ、というのと、
かけたお金がもったいないです。
ああ……あまりお金のことは考えないようにしよう。
もともと中検、なんていうかあまり好きではないので、次回は受けないつもりだったけれど、
やっぱり、……4点かよ! とも思うので、
次回も受けてしまうかもしれません。11月だっけ。
…こうやって、中国語検定協会のカモになっていくわたくし。
次回はさっさと合格して、この悪循環サイクルから抜け出さねば。
でもな~。
こないだも書いたような気がするけれど、
準1級って、ベンキョウじゃないんですよね。
どれだけ良質なインプットをしているか、
そして、その良質なインプットを、どれだけ効果的にアウトプットできるか、
…が問われる…
というのが、わたしの思い込みに近い感想です。
とくに成語や慣用句など、なかなか暗記&ベンキョウだけで身につくものではありません。
ぜんまばーん。
多読がんばるか……。
ま、次回中検の11月なんてまだまだなんだけどね。
それまで、どれだけ、日常的に良質なインプットを繰り返したかが問われる……
のかしら。
…よく考えれば、中検準1級なんて必要ないような気もしてきたのですが、
でもさあやっぱほら、くやしいじゃん!
(……カンペキに中検協会のカモだ……。)
…とういわけで(どういうわけだ)、次回受験予定のみなさん、
はっきりいってまだまだですが、次こそは合格めざしてがんばりませう!
neishanと申します。
ほかのサイトでブログを書いていましたが、そこではいまいち中国語表記がうまくできないため、
エキサイトブログに引っ越してきました。
中国@上海への留学をきっかけに、中華文化・芸能・音楽に深くはまっていったわたくしが、
その魅力をだらだらと語っていくブログです。
興味を持たれた方、「わたしも中華圏エンタメが好きだ―!」って方は、
コメントなど下さるとうれしいです。
また、中国語・中国語学習についても書いていきたいと思いますので、
またおつきあいください。
しばらくは、前ブログからの引越し、移植が中心になるかと思いますが、
どうぞよしなに。
今月上旬、ついに、わたしが住んでいる富山で、富山―上海便の就航について、両市のあいだで覚書が交わされた、とのこと。
いやあ、苦節一年ちょっと、ようやく決まりましたな。
おそらくもう、おととしごろから、このハナシはあったように思う。
2004年、去年の2月、わたしが上海留学へと出発するとき、
富山空港の国際線ターミナル(超小さいんですこれが)の改装工事は始まっていたし、
トイレも中国風豪華趣味(どんなん)になっていた。
そんな、小さいながらも一生懸命に発展する(?)、富山空港の姿を見ながら、わたしは上海へ旅立った。
ちなみに、富山から上海へ行くには、富山から直接航空便がある大連を経由しなければならない。 富山→大連→上海と、乗り換えは面白いけどめんどくさいの。
中国東北の雰囲気をちょとだけ味わえたのはうれしかったけど。
で、その後、わたしは上海で、ひとりで富山―上海便計画のなりゆきを憂えていたのだけれど、やはり一筋縄では行かなかった。
富山県と、中国東方航空との話がまとまりかけていたとき、突然に、おとなり石川県の小松空港が上海便計画に名乗りを挙げた
……らしいのだ。
もともと、上海てふ巨大都市と直接リンクするには不安要素の少なくない富山県ではあった。
裏日本の地方都市、市の中心部は寂れぎみ、天候は不安定、空港は河川敷にあるために霧多し、中国との交流もそんなに盛んなわけじゃない。
(あっっ卑下しすぎ……? でも、自然の多さと海の恵みと住みやすさではどこにも負けんがです!)
というわけで、(どういうわけだ?)中国東方空港との上海便就航計画は、
比較的条件が有利だった小松空港に持ってかれてしまった。
というわけで、(どういうわけだ?)小松ではいま週三回、上海便が飛んでいる。 イイナー
けれど、これで泣き寝入りして引っ込む富山県ではない。
閉鎖的で保守的ではあるけれど、勤勉で粘り強い県民性なのだ。
こんどは富山県は、中国上海航空と交渉をはじめた。
とはいえ、富山がいまいち地方都市であるため、またすぐ隣にすでに上海便があるので採算が取れないかもしれないので、
上海航空はちょっとしぶり気味だった。
計画は難航。
県政府はあきらめぎみ。
一時は頓挫したかも、とさえ言われていた。
それが、今月はじめ、富山県知事が上海を訪れ、計画がまとまってしまったのだ。
どういういきさつがあったのかはよくわからないけど、富山―上海便の就航がほぼ決定した。
今年の10月から、来年の3月までのあいだに着航するそうな。
よかったです。
県民の皆さんはほとんど忘れてたけど、よかったです。
と、富山と上海が直接リンクすることが決まったけれど、
……ホントに大丈夫なんでしょうか。
採算とれるんでしょうか。
上海の皆さんは、上海浦東空港からいきなり富山空港に来て、帰りたくならないでしょうか。
大きさが二十倍くらい違うのです。
まあ、そんなことはどうでもいいとして、いいニュースは素直に喜ぼう。
わたしの第二のふるさと、「パジャマ&すっぴんで歩ける国際メトロポリタン」上海
(でも、市中心の某ファッション街のトイレはドアなし)
…と、わたしの永遠のふるさと富山が、飛行機で直接リンクするのです。
ちとばかし夢のようです。
まあ、日中交流も盛んになるだろうし、観光業も復興するだろうし、
雇用も活性化する(?)だろうし、いいことずくめかな。
秋の上海ガニツアーも、富山から直接行けるようになりますしね。
わたしの夢は、そんなお金持ちのおばちゃんたちをそそのかしてツアーに連れて行き、
しっかり自分も遊ぶことです。
しかし、上海は、わたしの知っている上海の姿をとどめていてくれるだろうか。
んん~。
とりあえず、このたびはおめでとうございました。ホントに。
ガラスの靴もなく 豪華なドレスもなく 12時の鐘は鳴らない
花の香りの香水もなければ 舞踏会のドレスもない 彼女の名前はシンデレラ
あまりしゃべらない きまじめな性格
みにくいアヒルの子と呼ばれるまま
時が経ってもなにも変わらない 心のなかにあるのは古い考え方だけ
シンデレラの涙 今ではもう貴くないというの
シンデレラの悲しみに 慰めはいらないというの
ハイヒールもなく セクシーなドレスもなく どんな花も受け取ったことがない
長い髪もなく マニキュアも塗ったことがない 彼女の名前はシンデレラ
白馬の王子は現実の神話
夢にも現(うつつ)にも彼女のものにはならない
そんな日々は残酷なもの 彼女は奇跡みたいなパンドラを待ってる
シンデレラの涙 昔のほうがまだ貴かったというの
シンデレラの悲しみ ほんとうはもっと慰めを必要としている前述の戴佩妮(ペニー・ダイ)の、《辛徳瑞拉》(シンデレラ)という曲。
…の歌詞を意訳したものです。
“新説・逆説シンデレラ”……?
シンデレラがなにも持っていなかったら、彼女になんの奇跡も起こらなかったら、
どうなっていたんだろう? というところでしょうか。
童話の“if”シリーズ。
歴史とディズニーアニメに、「もしも」はないけれど。
ディズニーアニメにもなっている世界的なおとぎばなし、シンデレラですが、わたしは小学一年生のとき、
図書館でシンデレラの原作に近い話を読んだことがあります。
『本当は恐ろしいグリム童話』関係の怖い本じゃなくて(当時そのシリーズはなかったな)、普通の絵本でした。
いまでもはっきり覚えている、印象の強いグロテスクな内容でした。
物語のラストで、シンデレラは母親をお城の舞踏会に招待し、真っ赤に焼けた靴をはかせて踊らせ、母親を殺してしまうという。
ほかにも、こどもが読んじゃいけないシーンがいくつかあったように思われ。
…こんな恐ろしいシンデレラよりは、平平凡凡で終わってしまうペニー・ダイのシンデレラ観のほうがよっぽどいいのかもしれません。
ま、現実も童話も、ディズニーアニメのようにはいかないってこと、でしょうか。
(ヘンな落ちだな~)
ペニーさん、なかなか面白い詞を書かはります。